企業のD&Iへの取り組みが新卒採用にもたらす影響

昨今の採用市場は、かつてないほどの売り手市場が続いており、従来の採用手法だけでは学生の関心や理解を十分に得ることが難しくなっています。
特にZ世代である就活生は、企業情報の取得にSNSや口コミサイトを積極的に活用しているため、表面的な情報だけで志望度を高めることはほとんどありません。彼らは企業の価値観や社会的責任、働きやすさといった「企業の内側」を重視する傾向が強く、採用選考の早期段階から企業姿勢を見極めようとする意識が高まっています。
こうした学生の動向変化にともない、近年注目を集めているのが企業の「D&I(Diversity & Inclusion):ダイバーシティ&インクルージョン」への取り組みです。多様な人材が互いを尊重しながら働ける環境を整備しているかどうかは、学生が企業を選ぶ際に不可欠な判断材料となりつつあります。
そこで本記事では、D&Iの基本概念から学生が重視する理由、企業が推進することで得られる採用上のメリットなどについて解説します。
D&Iとは?
D&Iとは、「Diversity(ダイバーシティ)」と「Inclusion(インクルージョン)」という2つの概念を組み合わせた造語であり、組織において多様性を受容し、その多様性を価値として活かす状態を指します。
ダイバーシティとは「多様性」を意味し、性別、年齢、国籍などのさまざまな属性や価値観を持つ人材が組織内に存在している状態を指します。これには外見から識別しやすい表層的な属性だけでなく、職歴、スキル、考え方、宗教、性的指向、ライフスタイルといった内面的な属性も含まれます。
一方、インクルージョンは「受容」や「包括」と訳され、多様な人材一人ひとりが組織の一員として尊重され、個々の能力を最大限に発揮できるように環境を整えるという考え方です。
D&Iが推進された組織では、異なる背景を持つ社員が心理的安全性を感じながら意見を交わすことができ、さらには新たな価値やイノベーションが生まれることが期待されています。
学生が抱く企業のD&Iへの取り組みに対する印象
株式会社学情が大学生・大学院生を対象に実施したD&Iに関するアンケート調査によると、多くの学生が企業のD&Iへの取り組みに対して高い関心を寄せていることが分かりました。
「D&Iを積極的に推進している企業にどのような印象を持つか」という設問では、7割以上の学生が「好感が持てる」と回答しました。具体的には、「多様な人材が活躍している組織からは、常に新しい発見や刺激が得られそう」「変化の激しい国際社会に対応しようとする企業の柔軟で前向きな姿勢を感じる」といった声が寄せられており、働きやすさや企業の文化をD&Iへの取り組み姿勢から読み取ろうとしている様子がうかがえます。
引用:株式会社学情「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)に関するアンケート調査」
さらに、「D&Iに関する企業の考え方を知ることで志望度が変化するか」という設問に対しては、6割を超える学生が「志望度が上がる」または「どちらかと言えば上がる」と回答しています。
学生のコメントには、「古い慣習にとらわれず、新しい価値観を柔軟に取り入れる企業に魅力を感じる」「偏見のない公平な採用や評価が行われているという安心感がある」などが挙げられており、企業文化や価値観といった目に見えにくい要素が学生の志望度に影響している様子がみてとれます。
引用:株式会社学情「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)に関するアンケート調査」
本調査結果より、学生は自身の個性やバックグラウンドが否定されることなく、ありのままの自分で貢献できる場所を求めていると推察できます。
そのため、企業がD&Iに真摯に向き合い、その情報を具体的に開示しているかどうかは、事業活動だけではなく、新卒採用においても学生の行動や志望度に影響を及ぼしていると言えるでしょう。
学生が企業のD&Iへの取り組みを重視する理由
ここでは、学生がD&Iを重視する理由について解説します。
多様な視点や価値観を有しているかを見極めるため
学生が企業のD&Iへの取り組みを重視する理由として、多様な視点や価値観が許容される「風通しの良い組織」であるかどうかを見極めたいという心理が挙げられます。
Z世代は、幼少期からインターネットやSNSを通じて、世界中の多様な情報や価値観に触れながら育ってきました。そのため、同質性が高く、特定の価値観のみが正解とされるような閉鎖的な環境に対して、閉塞感や抵抗を感じる傾向があります。
D&Iに積極的な企業は、個々の社員が持つ経験や考え方を活かし、組織全体の柔軟性を高めようと努めています。学生は、D&Iへの取り組みを通じて立場に関わらず自由に意見が言えるフラットな組織文化を持っているかどうかを判断しようとしていると考えられます。
企業が社会的責任を果たしているかを評価するため
企業が社会的責任を果たし、倫理的に正しい経営を行っているかをD&Iを通じて評価している点も、学生がD&Iを重視する理由だと考えられます。
D&Iに消極的な企業は、時代の要請に応えていない、あるいは人権に対する意識が低い「古い体質の企業」と見なされ、応募や内定を見送られる可能性が高くなるでしょう。一方で、D&Iを積極的に推進し、障がい者雇用や女性管理職の登用、LGBTQ+への理解増進などに努めている企業は、社会的な課題に対して誠実に向き合っている「信頼できる企業」として映ります。
学生にとって就職は、その企業の一員として社会に関わることを意味します。そのため、自身の倫理観や正義感と合致する企業、誇りを持って働ける企業を選ぶ際の判断材料として、D&Iへの取り組み状況を見極めようとしています。
先進的で将来性のある企業かを判断するため
D&Iへの取り組みは、「将来性のある企業」かどうかを判断するための材料にもなり得ます。グローバル化が進む市場において、多様なニーズを汲み取り、新たなビジネスチャンスを創出するためには、組織内部の多様性が不可欠であることを学生も理解しています。
その点、D&Iを推進する企業は、新規事業の創出やグローバル化への対応など、多様な市場の変化に積極的に取り組んでいる傾向があり、強固な組織基盤を築いています。
こうした点から、学生はD&Iを単なる「人事施策」ではなく、その企業が「未来に向けてアップデートし続けているか」「10年後、20年後も成長し続けているビジョンがあるか」を測る材料と捉え、企業選びの判断基準にしていると考えられます。
企業のD&Iへの取り組みが新卒採用にもたらすメリット
企業がD&Iに取り組むことは、単に学生の好感度を上げるだけでなく、採用活動の実利的な成果や組織力の強化に直結する多くの恩恵をもたらします。
ここでは、企業のD&Iへの取り組みが新卒採用にもたらすメリットについて、それぞれ詳しく解説します。
採用競争力が強化される
D&Iへの積極的な取り組みは、企業のブランド価値を高める効果があります。多様な人材を受け入れる姿勢は、社会的に先進的な企業であるという評価を受けやすく、企業イメージの向上につながります。また、社会的責任を果たす企業としてステークホルダーからの信頼を得ることで、長期的な企業価値の向上にも寄与するでしょう。
さらに、D&Iの推進は、これまでアプローチできていなかった層へのリーチを可能にし、応募者の母集団形成を拡大させます。性別や国籍はもちろん、学歴や専攻、障がいの有無、性的指向などに関わらず広く門戸を開くことで、従来の採用活動では出会えなかった優秀な人材を獲得できるチャンスが広がるでしょう。
加えて、D&Iに積極的な企業は、入社後の心理的安全性が担保されていると学生にアピールできるため、内定辞退の防止や入社意欲の向上にも効果を発揮します。「この会社なら、自分の個性を発揮できる」という確信は、入社動機の形成を後押しし、採用難易度の高い優秀な人材を惹きつける魅力にもなり得ます。
組織の革新性と創造性が向上する
D&Iを推進している企業ではさまざまな人材が集まるため、たとえ同じ課題に直面したとしても、異なる視点を持つ多様な意見が生まれやすくなります。
特に、デジタルネイティブである新卒社員の感性や異なる文化圏出身者の視点は、既存社員が思いつかなかった斬新なアイデアや革新をもたらす存在として期待されます。特にD&Iが浸透した組織では、少数意見や異論が排除されることなく、「それも一つの面白い視点だ」として歓迎されるインクルーシブな議論が展開されるでしょう。
また、国籍や文化の異なる人材が共に働く環境は、グローバル市場への対応力を高める基盤となり、企業が新しい市場へ進出する際の競争優位性を確保しやすくなります。このように、D&Iへの取り組みは組織の革新性と競争力を同時に引き上げる役割も果たします。
入社後の定着率が高まる
D&Iへの取り組みは、採用した人材の定着率を高め、早期離職を防ぐ効果も期待できます。
新卒社員が早期離職する主な原因として「職場に馴染めない」「人間関係に悩んでいる」「将来のキャリアが見えない」といった組織風土への不満が挙げられます。D&Iが浸透している職場では、新卒社員が自身の属性や背景によって不当な扱いを受ける心配がなく、孤立感を抱きにくい土壌があります。
また、企業が一人ひとりの社員の個性を尊重し、成長を支援と務めることは、社員のエンゲージメント向上にもつながります。エンゲージメントの高い社員は、自発的に業務に取り組み、高いパフォーマンスを発揮する傾向にあります。結果として、離職にともなう採用コストや教育コストの損失を防ぐだけでなく、組織全体の生産性が向上し、企業業績の改善にもつながるという好循環を生み出すでしょう。
新卒採用で企業のD&Iへの取り組みを訴求する3つのポイント
実際に新卒採用の現場において、企業のD&Iへの取り組みをどのように学生へ伝えるかという視点が大切です。本章では、表面的なアピールに終わらず、学生の心に響く効果的な訴求を行うためのポイントを3つに絞り解説します。
1.新卒採用に関わるメンバー全員が自社のD&Iへの理解を深める
D&I採用を成功させるには、採用担当者だけでなく、面接官やリクルーター、現場社員を含めた採用に関わる全てのメンバーが自社のD&I推進の目的と意義を深く理解しておく必要があります。単に「女性比率を上げる」「外国人を採用する」といった数値目標の達成だけがD&Iの目的ではありません。異なる個性や価値観を持つ人材が協働し、環境変化に柔軟に対応しながら成果を生む組織をつくることこそが、D&Iに取り組む最終的な目標です。
この本質を理解せずに採用活動を行うと、学生に対して「数合わせで採用されているのではないか」という不信感を与えることになりかねません。全社レベルでの意識統一を図るために、経営層からのメッセージ発信や社内勉強会を実施するのも有効です。
「なぜ当社はD&Iを推進しているのか」という点を全員が自分の言葉で語れるようにしておくことで、学生に対して企業の価値観を一貫して伝えられるようになるでしょう。
2.多様な人材のキャリア形成を可能にする評価制度へ見直す
どれほど多様な人材を採用しても、画一的な評価制度のままでは、その多様性を活かすことはできません。多様な人材がそれぞれの特性を活かしてキャリアを形成できるよう、公平性と納得感のある評価制度を構築する必要があります。
例えば、育児や介護による時短勤務者やリモートワーク中心の勤務者に対しても、労働時間の長さではなく、アウトプットの質や成果に基づいて正当に評価する仕組みを整えるなどの施策が求められます。
また、個々のキャリア志向に合わせた複線型のキャリアパスを用意することも有効です。マネジメントを目指すコースだけでなく、専門性を極めるコースや限られた地域で働くコースなど、選択肢を広げることで、社員は自分の強みを活かしながら成長できます。こうした仕組みは、学生にとっても魅力的な企業として映るでしょう。
3.社員一人ひとりが個々の強みを発揮できる環境を整備する
物理的な環境や日々の運用における働きやすさの整備も、D&Iを訴求する上で欠かせない要素です。
家庭事情やライフステージによって働き方のニーズは大きく異なります。育児や介護、通院など、個人の事情に合わせて柔軟に働けるよう、フレックスタイム制やリモートワーク制度、時間単位有給休暇などを導入することで、多様な社員が無理なく活躍できるようになります。なお、新卒採用では、男性の育児休業取得率や復職率などの具体的なデータを示し、「形骸化することなく、実際に活用されている」という事実を伝えることが大切です。
さらに、異文化理解のための社内イベントや社内用語の多言語対応、手話講習会の開催など、既存社員と多様な人材が相互理解を深めるための取り組みを実施するのも効果的です。こうした取り組みは、学生に対して「自分らしく働ける環境がある」という安心感を与え、志望動機形成を後押しするでしょう。
まとめ
本記事では、企業のD&Iへの取り組みが新卒採用にもたらす影響について、多角的な視点から解説しました。Z世代にとってD&Iは企業を選ぶ際の基準の一つとなっており、企業の取り組み姿勢は学生の志望度に直結します。D&Iへの取り組みは、優秀な人材を惹きつけ、企業の持続的な成長を支えるための必須条件と言えるでしょう。
採用活動では、D&Iを単なる「流行りの採用施策」として捉えるのではなく、組織の成長戦略そのものとして位置づけることが大切です。社内の意識改革を進め、評価制度や職場環境をアップデートし、その本気度を学生に伝えることで、学生の志望度にも良い影響を与え、ひいては採用成功にも効果が表れてくるでしょう。
コラムを書いたライター紹介

日向妃香
得意分野は新卒採用とダイレクトリクルーティング。







コメントはこちら