中小企業の人事担当者が感じやすい壁と乗り越え方|人材育成編


人事の仕事をやっていると、組織作りの壁や評価制度の壁、人材育成の壁など多くの壁にぶつかることがあります。中でも人材育成の壁に悩んでいる人事担当者は少なくありません。中小企業では「時間的余裕がない」「人材がいない」などの理由から、大手企業に比べ人材育成が難しい現状です。今回は、中小企業の人事担当者に悩みの多い「人材育成」の壁について解説します。本記事を読んで、人材育成のヒントにしていただければ幸いです。

8割の中小企業が人材育成に悩んでいる

中小企業白書2024年版によると、中小企業が抱える課題の中で、優先的に解決しなければならない課題として挙げているのが「人材育成」です。調査では以下のような結果となっています。

引用:2024年版「中小企業白書」第2部 環境変化に対応する中小企業|中小企業庁

この結果を見ると、人材の確保が46.6%、ついで人材の育成が34.6%と実に8割の中小企業が、採用や教育に悩んでおり、人材育成が中小企業の大きな壁となっているのです。また、不足状況を見てみると「業務人材が不足している」と回答した企業は全体の64.8%に対して、「中核人材が不足している」と回答した企業は74.5%です。

引用:2024年版「中小企業白書」第2部 環境変化に対応する中小企業|中小企業庁

つまり、一般社員も不足しているが、それ以上に役職者が不足しており、育成できる人材すら不足していることを表しています。単純に若手の人材が不足しているという状況とは言えないことも分析できます。また、業種別で見ると建設業、宿泊業、飲食サービス業では中核人材、業務人材のどちらも約8割の企業で不足している状況です。

なぜ人材育成が壁になるのか

人材育成がうまくいかない原因として、主に以下の4つが挙げられます。これらの要因が組み合わさることで、より複雑化してしまいます。それぞれの要因について詳しく見ていきましょう。

育成する人材がいない

調査結果からわかるように、中小企業では人材の確保そのものが大きな課題となっています。実際に、中小企業の60%は中途採用がメインだと回答しており、新卒採用が困難なため、中途採用に頼らざるを得ない状況だと言えます。また中途社員も、人材を育成できるようになるまでに一定の時間がかかるため、長期的な視点で育成できる人材を育てられないのです。

また、1人の従業員が複数の役割を担当するケースが多く、特定の分野に特化した専門性を習得しにくい環境もあります。さらに、従業員の離職率が高い傾向にあり、育成した人材が流出してしまうケースも多いのです。

人材育成の環境が整っていない

中小企業では専任の育成担当者がいなかったり、人事が別の部門と兼任していたりすることも珍しくありません。そのような企業では、人材育成のノウハウが蓄積されておらず、経営者や管理職が自分の経験則に基づいて指導するケースも多くあります。こうした状況では、体系的な人材育成は難しいでしょう。

育成するための時間が足りない

日々の業務に追われ、人材育成に時間を割くのが難しいのも中小企業の特徴です。とくに、経営者や管理職が現場の業務にも携わっているケースが多く、時間の確保が難しい企業は少なくありません。また従業員も不足しているため、業務量が多く研修への参加や自己啓発の時間を十分に取れないこともあります。

予算をかけられない

経営資金に限りがあり、人材育成に十分な予算を割けない企業も少なくありません。そのため、外部研修やセミナーへの参加などを取り入れたくても、コスト面で実施できないといった状況もあります。また、人材育成は効果が目に見えにくいため、費用対効果を測定しづらく予算配分の優先順位が低くなってしまうこともあります。

中小企業が人材育成を成功させるための5ステップ

中小企業が人材育成を成功させるためには、従業員が自主的に目標を設定し、スキルアップに取り組むことが必要です。指導する側の人材も不足しているため、一人ひとりが積極的に学んでいく仕組みを作れば、効率よく育成が可能です。

次に、人材育成を効率よく成功させるための5つのステップを紹介します。各ステップに沿って実施すれば、効果的な人材育成を実現できるので、ぜひ参考にしてください。

STEP1.求める人材像を明確にする

人材育成を行うためには、まず「どのような人物に成長してほしいのか」を明確にする必要があります。たとえば、企業の理想に近い社員をピックアップし、彼ら共を参考にしてモデル人材を作るのもよいでしょう。重要なのは「優秀な人物=自社にあう人材」ではない点です。どんなに優秀な人物であっても、企業文化に合わなかったり人間的に問題があったりすれば、組織に悪影響が出る可能性があります。

人材像はあくまでも、企業と同じ価値観で同じ方向に進んでいける人を基準に考えましょう。また、設定した人材像は従業員に共有し「どのような人物に成長してほしいのか」を理解できるようにすると主体的に取り組んでくれるようになります。

STEP2.従業員に意見を聞き方針を決める

次に、育成方針を決める必要があります。育成計画を作成するにあたっては、経営者や人事だけでなく、従業員からも意見を聞きましょう。経営者や人事は実際に現場を知らないことも多く、従業員側と考え方や価値観にギャップが生じている可能性があるからです。そのため、現場の意見を参考にして育成方針を考えると良いでしょう。

また、現場の従業員に指導させるのも方法です。現場を巻き込むことで当事者意識が湧き、積極的に協力してくれるようになります。

STEP3.人材育成を実施する

人材像と育成方針が定まったら、実際に育成を実施します。中小企業の場合は、費用や人的負担の少ないOJT形式の育成が特におすすめです。OJTであれば、指導者と一緒に実際の現場で体験しながら習得できるので、限られた人員の中でも効率よく教育できます

また、集合研修についてはオンライン化し、わざわざ集まらなくても拠点のパソコンから受講できるようにすると時間がなくても参加しやすいでしょう。重要なのは、単発で終わらず継続して定期的に実施することです。入社時だけで終わってしまうと、表面的な知識になり定着しません。人材育成は半年、あるいは1年程度のスパンで繰り返し実施する必要があります。

STEP4.実施後の振り返りを行う

人材育成を実施した後は振り返りを行い、必要に応じて改善しましょう。人材が育たないのは、実施後の振り返りができていないのが原因です。実施後に検証し、できている点とできていない点を分析しましょう。また、振り返りの結果をフィードバックし、改善することも大切です。これを繰り返していけば定着につながり、ひいては人材育成のノウハウとして蓄積されていきます。

STEP5.人事評価に組み込む

人材育成を持続させるには、人事評価に組み込むのがポイントです。目標の達成度や、成長度を評価項目に入れることで、従業員の成長意欲を高められます。また、資格取得や専門スキルの習得も項目に反映し、評価の対象にすると積極的に行動するようになります。

ただし、評価は公平にしなければなりません。評価方法や基準を明確に示し、従業員がどうすれば評価されるのかがわかるように明示する必要があります。

中小企業が人材育成に成功した取り組み例

大企業のような体系的な研修プログラムを取り入れるのが難しい中小企業でも、工夫次第で効果的な人材育成が可能です。以下に紹介する事例は、多くの中小企業で実践可能な取り組みです。自社の育成のヒントとして参考にしてみてください。

若手社員に新しい仕事を任せた例

ある企業では若手社員の成長を促すために、新規案件を若手社員に任せ、責任感や主体性を持たせるようにしています。具体的には、若手社員をリーダーとして起用し、ベテラン社員がサポートする体制です。

ベテラン社員は常に若手社員の側につき、困った時のみサポートします。若手社員に主体的に考え、行動する機会を与えているのです。責任感や成功体験を積ませることで自信につながり、意欲の向上に成功しています。この取り組みは、定着率向上にも効果が出ています。

指導者任せにしないOJTの例

ある企業では、研修にOJTを取り入れていました。しかし、OJTは先輩によるマンツーマンの指導のため、指導者の力量によって成果が異なっていたのです。そこで、指導者に対して、トレーナー研修を実施するようにしました。トレーナー研修では、OJTの必要性や進め方、助言のやり方などを身につけます。

トレーナー研修は志願制で、研修を受けた者だけが指導を行えます。さらに、指導に対して手当を支給することで、トレーナーを志願する従業員が増えました。この取り組みによって、教える側も自信をもってOJTを行えるようになり、人によって異なる教育方法の均一化に成功しています。

研修と併用して1on1ミーティングを取り入れた例

ある企業では、研修の途中で1on1ミーティングを取り入れています。取り入れた理由は、研修中は一方的な指導になってしまい、個人の習熟度や悩み、キャリアプランなどを確認する機会がなかったためです。取り入れる前は、理解できていないまま現場に配属されたり、適性のない部署に配置されたりなどミスが起こり、早期退職者が出ていました。

1on1ミーティングにを取り入れたことで、早期に悩みや課題を発見し、適材適所への人員配置ができるようになっています。その結果、離職者も少なくなりました。

人材育成には助成金の活用も有効

人材育成に取り組む際に、資金面がネックになる企業は少なくありません。そのような企業には助成金を活用するのもおすすめです。最後に、中小企業の人材育成に特に有効な3つの助成金制度を紹介します。これらの助成金を活用することで大きなメリットを享受できるため、ぜひ検討してみてください。

キャリアアップ助成金

キャリアアップ助成金は、有期雇用労働者や短時間労働者、派遣労働者を正社員化した、もしくは処遇の改善を行った際に支給されます。「正社員化支援」と「処遇改善支援」の2つがあり、該当するのは以下のようなケースです。

新たに社員を採用するよりも、育成にかかる時間が抑えられるため、在籍しているパート従業員を正社員に登用する企業は多くあります。パートの社員化を検討している企業には大きなメリットです。

参照:キャリアアップ助成金|厚生労働省

人材開発支援助成金

人材開発支援助成金は、専門的な知識や技能を習得させるための訓練を実施した際に、訓練費用や期間中の賃金の一部が支給されます。いくつか種類がありますが、中でも「人材育成支援コース」がおすすめです。以下のようなケースで支給されます。

この他にも、研修でオンデマンド教材を利用する際に支給される助成金も有効です。詳しくは下記のサイトで確認してみてください。

参照:人材開発支援助成金|厚生労働省

小規模事業者持続化補助金(持続化補助金)

小規模事業者持続化補助金は、人材が少ない企業の販路開拓を支援する制度です。直接的な人材育成支援ではありませんが、間接的な人材育成に活用できます。具体的には以下のような費用が対象です。

こちらは、地域の商工会議所または商工会が窓口になっており、会員以外も申請できます。ただし、従業員が5人以下(宿泊業・娯楽業・製造業は20人以下)の条件となっているため、利用できる企業は限られています。しかし、該当する企業は大きなメリットになるので、利用をおすすめします。

参照:商工会議所地区小規模事業者持続化補助金

周りを巻き込むことで人材育成の壁は乗り越えられる

中小企業の人材育成には多くの課題がありますが、戦略と取り組み方次第で解決できます。本記事で紹介した人材育成を成功させるための5ステップや、取り組み事例を参考に実践してみてください。また、公的支援制度の活用もメリットが大きいので積極的に利用しましょう。

重要なのは、組織全体で取り組む姿勢です。中小企業の強みである柔軟性を活かし、人事だけでなく経営者をはじめ、周りを巻き込むことで人材育成の壁を乗り越えましょう。

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